義母はネルのパジャマの上に紫色のフリースを着て、厚手の毛布にくるまって寝ていた。
もう6月だよ暑いんじゃない、と夫を振り返るが、寒がるんだよと言って、さらに毛布を首の下まで引っ張り上げた。
食事を摂れなくなって、点滴をするようになってから2ヶ月近く経とうとしている。体温を保てなくなっているのだという。
お母さん来ましたよ、おかあさん、夫は何度も大きな声で呼びかける。
目ヤニで開けにくそうだったが、しばらくすると義母は目を開けて、こちらを見た。
お母さんの瞳は青みがかった灰色で、ぼんやりとして焦点が合っていないようだった。
赤ちゃんみたいな目だ。
私、わかりますか、と何度か声をかけると、わずかにうなづき、ふわっと目元が綻んで微笑んだように見えた。
義母はもともと小柄で華奢な人だったけど、さらに痩せてしまっていた。
胸元に両手首を折り曲げるようにして重ね合わせている。枯れ木のようで痛々しい。
おかあさん、と言った後に言葉が続かなくて絶句してしまった。
来て良かったんだろうか。
ここに来るまでに何度か自問した。
義母は綺麗な人だったから、こんな自分は見られたくないと思っていたりするだろうか。
でも、思ったより病室は明るく顔色も良く、何も話せずとも約束を果たした満足感があった。
そう昔、私は約束したのだ。
最後の前には必ず会いにゆくと。
義母は瞬きしたかと思うと目を閉じた。
寝てしまう前に、子供たちにも会ってもらいたい、と私は病室を出て廊下で待っている二人に声をかけた。夫も一緒に部屋を出る。
入れ替わりに子供たちが入って、口々に話しかける。
おばあちゃん、来たよ。寝ちゃった?
義母はうっすら目を開けた。
病室の面会は二人までと決まっている。廊下の向こうのナースステーションが気になり、私は廊下にそっと出た。
だが、すぐに子供達は病室から出てきた。
おばあちゃん寝ちゃった、ちょっと苦しそうだよ。辛そうな顔だったね。
なんか言ってたよ。でも何言いたかったかは分からない。
え、本当に?
病室へ入ると夫はベッドの傍らに立ち、義母を見た。
もう随分、喋ってなかったのに。
孫と会えて嬉しかったのかも。良かった。
義母は首元を抑えて目を瞑っていた。
眉間に僅かに皺がよっているように見える。
おかあさん、待っててくれて、ありがとう。
直接言えて、会えて良かった。