マウントをかわす魔法

このところ、新しい交友関係のグループに招かれて「対話をする」機会が増えている。

この2ヶ月ほどで今までの1年分以上の人に会っていて、社交的とは言えない私としては異例だ。

でも興味の向くところが同じ人たちなので、安心して話ができるところが今までと違うかも。

しかも会う人のほとんどが「普通の人」なので、エゴやエネルギーが強すぎて人酔いしてしまい、中毒症状で次の日起きられない、ということは今のところない。

 

印象に残っていることがいくつかある。

・どの場も、必ず10人前後でほとんどが女性

・その場を取り仕切るリーダー格の人は朗らかで明るく、誰に対してもフラット。大柄でふくよかな体型で、歌手の森久美子に似たタイプ。

・補佐役に小柄で控えめな感じの女性。よく気がつきマメに世話を焼いてくれる。調整したりサポートしたり、もしかしてこちらが影で取り仕切っているリーダーかも。

・皆、物分かりがよく、出しゃばらない。

・服装はモノトーンやグレイッシュカラーで統一されている。差し色アクセントに赤色が使われている場合が多い。

・メンバーの皆さん、文章が上手。話の運びも上手。聞き上手。

 

つまり…

騒がしくて落ち着きがなくてビビッドカラーの変な服が好きで話が下手で文章もイマイチな私、どこの場に行っても浮いている。涙。

なのに、懲りずに好奇心の赴くままに、面白そうなところへは出かけてゆく。

調和を乱して主催者さんには申し訳ないのだけど、私にとって得るものが大きいからだ。

ご容赦ください、と心の中でも現実でも気づいたら謝罪しつつ、なるべく気配を消して、いさせてもらう。

 

気になったキーワードは「嫉妬」

 

マウント、という日本語が定着して随分経つけど、つまり変形した嫉妬なのだな、と腑に落ちた。

嫉妬と聞くと、放たれた矢のような刺々しいイメージが浮かぶ。

その矢は、相手を自分よりも下へ落とすために放たれる。

マウントとは、相手を自分と同等以下のものと貶めようとする行為であり、意思表示だ。

見下される不快感があるから、マウントだと気づくと心が傷つくのだと思う。

その不快感を受けないようにするには、相手と同じ土俵に立たないこと。かわすこと。

そして、できることなら、相手を飛び越し、上へゆくこと。

 

…上へゆくって、今度はこっちが見下してやるってこと?

何となく違和感を感じて聞き返した私に、そのアドバイスをくれた人は、にっこり笑って付け加えた。

そうね、それでもいいよ。どーしてそんな態度を取るのよ?!って逆ギレしてもいいし、悲しげ装って何故?って聞き返しても良いし、そんな態度嫌だなって気持ちを表せれば良い。

その後、その人を追い詰めないのが得策。さらっと流す。恨みを残さないようにね。

そして出来れば、その人を拒絶しないで、輪の中に入れてあげるような方向へ持っていければ尚良い。

そんな人だと、きっと周囲にも同じようなことをしていたりしていない?

孤立させてしまうと後味良くなかったり、また逆恨みされるかもしれないから。

何か役目を作って、あなたがそこには必要なのって演出して、自分と切り離した場所へ行ってもらって、距離が取れると一番良いね。追い出した、と思われないようにね。

それが大人の知恵、かな。

なるほどなぁ、とうなづきながら、一昨年受けていたシャーマニズム講座を思い出していた。

その昔、魔女と呼ばれた女たちは、代々受け継いできた生活の知恵を人々に授けて暮らしていた。

彼女はまるで魔女のよう、何だか魔法みたいだな。

教えてもらった呪いをかわす呪文が上手く唱えられますように。

魔女になるには少々、お人よしな気もするけれど、邪な視線の害からは逃れて平穏に暮らせますように、と神様に祈った。

ペア幻想の終焉

手袋とイヤリング。

この2つは、私の落としやすいものTOP2である。

手袋は、脱いだりはめたりが多い電車の中で落としやすい。1シーズンにひとつは無くす。

イヤリングは、金具をどんなにキツくしても、わたしの薄い耳たぶをすり抜けて、いつしかヤモメになっているもの多数。

 

手袋は圧倒的に右手を無くしやすく、残っているのは左手ばかりで、マッチングさせて使うには、需要と供給のバランスが悪すぎる。

同じ赤だから、と皮手袋と毛糸の手袋を嵌めてみたが、他人同士を無理に夫婦にしているようで落ち着かなかった。片方はつるりと皮の感触がするのに、もう片方はザラザラしていて、本音と建前の違う人と会話をしているような違和感があるのだ。

 

黒の毛糸手袋無地など条件を決めてしまえば、無くしても繰り上がり補充方式で、いつも両手揃って温かくて良いかもしれない。

でも、そうすると片方無くすたびに毎回、揃いの2人を引き裂いて、嫁を亡くした義兄の後添えにするような後ろ暗い気分にさせるのか。

やだな、恨まれそう。

無理にカップリングさせる必要は無いかもしれない。

やはり手袋は2つ揃ってひとつなのだと割り切る方が、精神衛生上良いようだ。

 

その点、イヤリングは雰囲気の似た2つを再マッチングさせて使うのに然程、抵抗がない。

シングルになっても活躍の場がある。

片方だけにつけることで、アシンメトリーで洒落た印象になったりする。

 

孔雀の羽にビーズのフリンジがついたイヤリングは、揃いでつけていたときは顔の両脇に縄のれんが下がっているようで気に入っているとは言い難かったが、片耳だけの方が良いアクセントになると気づいてから、俄然、出番が増えた。

シングルになってからの方がイキイキしてる。

同じくシングルになった手袋(左手)は、ため息をついた。

いいね、キミは。活躍の場が増えて。僕なんか消えた相棒の分まで責任負わされてさ、片手で両手ぶん温かくなんて無理だよ、もう。

イヤリングは手袋を労った。

まぁまぁ、あんた頑張ってるわよ。偉いわよ。そんな気負わなくていいんじゃない?

右手がいなくなったのはあんたのせいじゃないし、もう少しの辛抱よ。

手袋(左手)が相棒の失踪によるPTSDから立ち直る頃、空気は緩み、彼の任務は終わりを告げる。

春が来たのだ。

稲刈りのその後

稲刈りが好きかもしれない、と気づいたのは、草むしりをしていた時だ。

延々と草をむしりながら、これが収穫物だったら嬉しいのにな、とふと考えた。

稲刈りとか? いいな、やってみたい。

そんなことを思ってから、実現するのにはそんなに時間は掛からなかった。

 

稲刈りツアーに参加して驚いたのは、圧倒的に女性が多かったことだ。

稲刈りへの純粋な好奇心で男性が一人参加することは稀らしい。

大抵は夫婦や家族参加で、申し込み代表者は奥さんだ。

はーちゃん、ユウトくん、エイコさんのところのように、パパだけ不参加という家庭も少なくないそう。

参加者の子どもは、だいたいが都会っ子なので、トンボやカエル、バッタやコオロギなどの方が珍しく、夢中で追いかけているうちに稲刈りは終わった。

 

しかし

大昔、縄文時代の狩猟採集生活もこうだったんじゃないかなぁと感じた。

血の気の多いものたちは、猪やら鹿を狩りに山へ行ったり

魚を釣りに行ったりして

その他の、わりに穏やかな作業を好むものたちは

家仕事や畑仕事をして

食事の準備をして一日を過ごす。

夕暮れ時になると、皆んなが集まり、食事を囲む。

 

子供達は、その辺りを遊びながら仕事を覚え

年長のものが次世代に知恵と経験を継いでゆく。

 

はしゃぎすぎて怪我をしてしまった子どもや、暴走しそうな子を

周りの大人がフォローしている姿が

少し懐かしくて

自分も小さな子がいた頃に受けた恩恵を少しでも返せたらなと

親子の姿を見て思った。

 

今回、本当に感じたこと

今の女たちは忙しすぎるし、枷が多すぎる。

はーちゃんやユウトくんの世話をしながら

なかなかに振り回されているエイコさんの姿に

何となく、普段の生活が透けて見えてしまう場面があった。

孤軍奮闘、という言葉を思い浮かべながら

おい、パパはどうしたんだよ〜助けてやれよ〜と思ってしまった。

私たちの世代はまだ、女性の役割という枷が強い。

中には協力し合う夫婦もいるけど、もう少し若い世代だ。

シングルになってしまった方が気楽、という人もいるし

現実問題、大きな子供を一人、抱えているようなもの。

誰かの助けがなければ

子育てって難しい。

 

刈り取りに参加したお米が精米されて、自宅へ送られてきた。

今年一年、お世話になった人たちに、ほんの少しだけど

一人一人、顔を思い出しながら送る。

 

もうすぐ2023年も終わる。

なんだか今年は辛い1年だった。

私の周りの近しい人たち全員にも、共通して苦しい一年のように感じた。

更年期と時代の潮流が重なったのだと、一言で言われたら身も蓋もないけど

何も進展しなかった、停留した世代だと言われるたびにモヤモヤしていた。

 

何もしていないはずないよ

その場での最良を

一生懸命、手を抜かずにやってきたよ

少なくとも、私が仲間だと感じて交流してきた人たちはそうだ

 

今年もあと少し

頑張ろうね

そんなエールを送る気分で

お米の手配をしている

 

一人、ずっと

このブログだけが唯一の繋がりの

理知的で聡明で

優しさに溢れた考え方に、いつも勇気をもらっている

一途な女性がいるのだけど

送り先を知らず、どうコンタクトするべきか悩んでいる。

 

これを読んでくれた あなた

今年一年、ありがとうございした!

ちょっとお歳暮には早いけど

感謝を込めて

お米を送ります。

稲刈りツアー 5

次の日の朝、泊まった民宿の前までバスが迎えにきた。

バスのドアが開くと、子どもたちがまず乗り込む。

それから子どもたちの家族や保護者、女性グループ、夫婦参加者と何となく年齢別に乗り込んだ。

山田さんともう一人、20代参加者の女性が話しながら列に並んでいた。

二人は初対面だったが、同じ研修の元参加者として、昨夜は話が盛り上がったらしい。

バスの入り口前に二人で突っ立ったまま、笑いながら話し込んでいた。

それを見て、ふと閃き、前の座席に座った夫婦に話しかける。

「もしもし、あの、後ろに座ってる子供達のご両親ですよね?

すみません、気づかなくて。お子さん達と近い方が良いですよね。席を変わりましょうか」

私の前に座っている30代半ば夫婦は、慌てたように顔を上げた。

「すみません、こちらこそ子供達と遊んでいただいて。席かわって頂いた方が良いですよね」

話しかけなかったら最後まで子守をさせる気だったのかな〜などと若干意地悪な気分になりながらも、表面はニコニコしながら、はーちゃんママに話しかける。

「あのぅ、この席、非常口が横にあるから大人が座るには狭いんです。はーちゃんとママが座っている席とここを交換してもらえないですか。この席にママとはーちゃんが座って、そっちの席にパパとママが座ってもらえば、ちょうど良いと思うんですよ」

「ああ!そうですね」

はーちゃんママはパッと席をたち、昨日私が座っていた席にはーちゃんを座らせて、その隣、山田さんが昨日いた席に自分は座る。

はーちゃんはポカンと口を開けて、3組の席替えを見ていた。

はーちゃんママたちの座っていた席におっとりパパママが座り、その空いた席に私が座ると、山田さんがバスに乗ってきた。

昨日と違う席配置に戸惑ったように、首を傾げている。

「山田さん、昨日はお疲れ様です!研修の話で、彼女と盛り上がったんですって聞きましたよ〜。まだ話し足りないことがあるんじゃないんですか」

私は、隣に座ろうとした山田さんを引き止め、グッと前の方へ押出しながら、黒田さんを見た。

「ねえ、あの彼女のお隣の席空いてるんじゃないですかぁ」

「そうそう!空いてるわよ山田さーん、こっちの席」

「お仕事の申し送りもあるでしょう!同じ研修に参加したんだったら情報交換もしなくちゃね」

山田さんは強引に前の方の席へ押し出されていった。

はーちゃんが、はっと気づいたように「イケメーン!」と声を上げて立ち上がる。

「お仕事だからね、はーちゃん。山田さん、お仕事なのよ」

はーちゃんママは、はーちゃんの服を引っ張りながら言った。

その一言で、はーちゃんは大人しくなる。

普段ママが言い聞かせている言葉なのだろうな、と察せられた。

背後からはーちゃんに見下ろされる形になって、私は席越しに言った。

「はーちゃん、宜しくね」

「M、Mさん」

「お名前、覚えてくれたんだね。ありがとう、はーちゃん。嬉しいな。山田さんもね、お名前で呼んでもらったら嬉しいと思うよ」

黒田さんがこっちを見ているのがわかった。

「ねえ、山田さんは下の名前なんていうのぉ」

黒田さんが声を張り上げて繋いでくれた。

「ええっっと、ユウトですー」

「あら、はーちゃんのお兄ちゃんと同じ名前だねぇ!」

そうか、だからイケメン呼びだったのかな。お兄ちゃんと同じ名前は呼びたくなかったのかな。

と、考えていると、黒田さんがジェスチャーで「後ろ後ろ」と指をさしているのに気づく。

サイドから、はーちゃんママが顔を出して、こっちを見てそっと頭を下げた。

 

バスが駅に着くと、一人一人にお土産を手渡しながら、高田さんが「お疲れ様でした!ありがとうございました」と声をかけた。

袋の中には、新米1kgとこちらの名産品のお菓子が入っている。

「希望者には野菜をお渡ししてます!今朝採れたばかりの小松菜と茄子です〜」

もちろん頂きます!!

ほくほく顔で袋の中を見ていると、はーちゃんが駆け寄ってきて「何入ってるの?」と聞いてきた。

「お米とお野菜、お菓子かな。はーちゃんももらった?」

「ほら、これははーちゃんのよ」

ママが袋を見せると、わさわさと小松菜が揺れた。はーちゃんは袋を持ちたがったが、お米が重くてすぐママに返した。

「茄子、嬉しいな。お味噌汁に入れよう」

「いいですね、うちは煮浸しにしようかな」

ふふ、と顔を見合わせて笑う。

「Mさんはどちらにお住まいなんですか」

意外なことを聞かれて、思わず笑ってしまった。

「や、ごめん。解散時間近くになって、ようやく世間話っぽいことができるようになったなあって。小さな子がいると大変だものねぇ」

はーちゃんは、ママと私を交互に見ている。

「えっと、はーちゃんママ、ママのお名前は? なんていうの」

「エイコです」

ああ、やっと名前聞けたなあ。

 

稲刈りツアー 4

稲を竹竿に引っ掛けて稲垣に仕立てると、稲刈りは終了である。

みなさん温泉に行きますよーー集合してくださぁい。

田植えと違って泥だらけということはないが、稲藁にまみれて何となくカサカサ痒いような気がする。温かいお湯に浸かってサッパリしたいと思った。

バスで10分ほどの温泉施設に移動する。

子供達は公園で走り回って遊び疲れているはずが、大きなお風呂に興奮MAXだ。

ユウト、皆さんにご迷惑かけないようにね、とはーちゃんママは言ったが、振り返りもせず、男の子たちは我先に男湯へ駆け込んでいった。

ママ早く!と待ちきれない様子で、はーちゃんははしゃいで歌い始めた。

小さな子の歌声を聞くのは久しぶり。和むなぁ。

ひとしきり体と髪を洗って、お湯につかる。

目をつぶり一息つくと、体の節々にお湯が染み渡るようだ。

その間にも歌声はサラウンドのように、あっちへいったりこっちへいったり、反響したりしなくなったりと忙しく、パタパタ足音やドアの開閉音が風呂場に響く。

はーちゃん、じっとして、お願い。

ママが髪の毛を洗いながら、はーちゃんの方を振り返り言う。

大丈夫、見てますよ、もうはーちゃんは体は洗ったの、と私は声をかけた。

そうよ、ほら一緒にお湯に浸かりましょ、と黒田さんが言い、女性グループが連携して、はーちゃんを取り囲む。

滑ると危ないからねーママを待ってようね。

ほら水鉄砲!と熟年の技を披露すると、わあ!と声をあげて喜んでくれた。

すみません!ありがとうございます、とはーちゃんママは、髪の毛をすすいでいる。

お風呂、プールみたいねと言いながらはーちゃんは笑った。

 

お風呂から出て集会室へ行くと、お疲れ様でした、冷たい飲み物です、と職員さんからペットボトルを渡される。

いつの間にか、山田さんも首にタオルを巻いて、フルーツ牛乳を飲んでいた。

懐かしい人に会えましたか?と聞くと、ちょっと言葉を選んで、そうですね、4年って長いですねと答えた。でもお元気でした。来てよかったです。

「イケメン!きてたの」と、はーちゃんは目を輝かせて駆けより、隣に座った。

後ろを振り返ると、はーちゃんママはユウトくんと話をしていた。

ユウトくんは、お風呂がどんなに広かったか興奮気味に報告している。

 

次は夕飯ですーー移動します、と高田さんが集合をかけた。

外はもう真っ暗だった。駐車場を行き来する車のライトがせわしない。

子供たちがバスまで駆け出そうとするのを、体を張って女性グループが止めた。人間の壁作戦だ。

危ないでしょ、走らないのよ。

その横をすり抜けようとした小さな影を、私は掴んだ。

はーちゃん、ママとお兄ちゃんといようね、と掴んだ腕ごとママの方へ引き渡す。

ありがとうございます!ほら一緒に行こうね。

 

バスで宴会場へ移動する。

時間は20分ほどだったのが、バスの揺れが心地よくて、大人のほとんどは眠り込んでしまった。

しかし子供は元気だ。座った場所の関係で、いつの間にか子供たちと話をしたりゲームをしたりして打ち解ける。

ねえ、なんて呼べばいい?

子どもからしたら、私はお母さんより年上だけど、おばちゃんと呼んでは失礼だし…と悩み深い年頃だ。

そうねぇ、Mさんって呼んでよ。

Mさん、Mさん?

気絶しているような山田さんの膝の上に乗ったはーちゃんが、小さな声で言った。

 

そうしているうちにも宴会場にバスはつき、アルコールの応酬という昭和の風習が始まる。

はーちゃんは何とか山田さんの隣の席をキープしていたのだが、おじさんたちの「ここから先は大人の時間!子どもは邪魔」の一声で追い払われてしまった。

回ってくるビールのグラスを、受けないわけには私もいかない。

タイミングを見計らってトイレに立つと、宴会場の廊下で子どもたち全員で「だるまさんが転んだ」をしていた。みんな楽しそうである。

かつて見ていた風景が戻ってきたような気がした。

稲刈りツアー 3

ひとりひとりに鎌を渡し、高田さんがまず見本を見せた。

「こうやって逆手に稲を一掴みにして、根本から10cmくらいのところをザクっとね。勢い良すぎて足を切らないよう気をつけて。

それを3回繰り返して一束にして、三束重ねたら、藁でまとめるの。こう根本をねじりながらくるっと回す。そしたら稲垣に引っ掛けて干す。あんまり難しく考えなくて良いから、やってみて」

最初は恐る恐る鎌を使い、だんだん慣れてくると作業がつい雑になり、束ねるときに力加減が上手くいかなくてバラけてしまったりしながら、黙々と稲を刈って束にまとめていく。

丁寧に切り口を揃えることを意識しながら、無心になって刈っていると、喉がカラカラなことに気づいた。

秋晴れの良い天気の下、10月になったというのに日中は20℃以上あり、炎天下の作業はクラクラした。これは熱中症に気をつけないと、と麦茶をいただきながら一息つく。

稲刈りツアー用に、この区画だけ稲穂が残してあり、他の田んぼはもう収穫が終わっていた。

今年は猛暑の影響で、稲の収穫が早かったそうだ。

その田んぼの横に公園があって、小学生高学年の子以外は、ツアー参加客の子供達も地元の子供達と一緒になって遊んでいる。

参加者は子供の目の届くところで稲刈りが楽しめるし、公園横に公民館があり、トイレや怪我をした場合の手当などにもすぐ対応できるようになっていた。

稲刈りツアーのために、細々としたことが、よく考えられていることが分かる。

これは20年の知恵の蓄積だなぁ。

復活してよかった。消えてしまったらもう構築できないもの。

そんなことを考えていると、女性グループのリーダー、黒田さんが手招きしているのが見えた。

お茶にしましょ、稲刈り終了です〜ってさ。

地元の方々が、先日収穫した新米で、おにぎり作ってくれたって。

今日収穫したお米は日に干して、後日に脱穀精米してくれることになっている。

大きなお皿の上には、こぶし程の大きさに丸く整えられたおにぎりが、銀色に輝いていた。

一つ頂いてひとくち齧ると、塩だけのシンプルな味のはずなのに、味わい深く、お米の香りが

ふんわり鼻に抜けて至福である。もう全方位に死角なく美味しい。

日本人だなあ、としみじみ感じる。

公園のすみで、山田さんにまとわりつくようにして、はーちゃんが話しかけているのが見えた。相変わらず、イケメンは、イケメンがね、と言っている。

あれはさぁ、まずいよ。

その様子を見ながら黒田さんが独り言のように言って、女性たちは各々頷いた。

あの女の子、人懐っこいしね。

物怖じしないし、まだ怖さを知らないし。
ああいう子は連れてかれちゃったり、マークされやすいよね。

あの「イケメン」っていう呼びかけがマズイわよ、匿名性を帯びちゃうと、犯罪に巻き込まれやすいじゃない。
やっぱり名前を認識して知り合いになるっていうのが抑止力になるのよね。

少し離れたところで、はーちゃんママは5歳くらいの男の子の前に膝をついて、何かをコンコンと話していた。

拗ねるように口を尖らす男の子は、目元がはーちゃんとよく似ている。

バスの中でも、ゲーム機でずっと遊んでいた子だった。

 

この5人グループは、職場の同僚や学童のママ友同士でこのツアーに参加して、知り合ったのだそうだ。

5年くらい前までは子供達も一緒に参加してたんだけど、もう成人して独立しちゃってね。

年に一回、このツアーに参加して夫や子供の愚痴言ったりしてが楽しみで。

3年ぶりに集まれてよかったわ。

この稲刈りツアー、なんていうか昭和の香りが残るでしょ。

懐かしい感じが居心地良いのよねぇ。

 

突然、ぎゃーっっという声が響き渡った。

何事だろうと振り返ると、はーちゃんは泣きながらママに背負われて、公民館へ入っていった。

あーー転んじゃったみたいだよ。ほら、あの若い男性を追いかけようとして。

ああ、ほら山田さんね。4年前にここに農業研修に来たんだって。今回、その時お世話になった農家の方へご挨拶にって、稲刈りの途中で抜けることになっててさ。

へえ、そんなご縁があったのね。

ほら、バスの中にいた、もう一人の若い女の子。その子も同じ団体から派遣された研修生で、去年派遣されてきたんだって。

あらーーじゃあ、あの二人は先輩後輩なのね。

女の人のコミュ力と情報収集能力の高さは凄まじい。

短期間によくもこれだけ聞き出せる、と感心する。

しかも稲刈りしながらだ。

 

公民館から、はーちゃん親子3人が出てきた。

はーちゃんはおでこに絆創膏を貼って、うつむき加減にママと手を繋いでいる。

地元のおばあちゃんが大丈夫かと声をかけて、はーちゃんままが、本当にすみませんと頭を下げた。

はーちゃんとはーちゃんのお兄ちゃんらしき男の子は、その様子を見て、ぺこりと同時に頭を下げた。

 

稲刈りツアー 2

バスが出発してすぐ、この席になったことを後悔した。

とにかく狭い。

隣になった男性は、山田と言います、と名乗ってぺこりと頭を下げた。

アイドルのような風貌で10代にしか見えない。学生さんですか?

いや、学生じゃないです26なんですもう、と言って山田さんは笑った。

しかし彼は不運なことに、ツアー最年少の3歳女児にいたく気に入られ、バスが目的地に着くまでずっと膝の上に乗られていた。

「ねぇイケメン、はーちゃんはねぇ、新幹線に乗ったの」

「イケメン、アメ食べる? はーちゃんね、ミルキー持ってきたの」

その度にパタパタと足が当たり、膝を蹴られる私。

マシンガントークの三歳児に何とか隙を見つけて話しかけた。

「はーちゃんのお名前は何ていうの?」

「はるか」

その声はそっけなく、私など眼中にないことがわかりすぎるくらいである。

はーちゃんが私に向ける顔と、イケメン山田さんに向ける笑顔の落差が激しくて、三歳児のキックなんて痛くはないけれど、微妙に心を削られる。

それより気になったのは、ずっと山田さんのことを「イケメン」と呼んでいることだ。

私はこの言葉が好きじゃない。

人を軽んじてる気配がするからだ。

もちろん三歳児はそんなこと考えているはずもないけれど、母親がそばにいるなら「ちゃんとお名前を聞いて話しかけなさい」と言わなくちゃダメだろう。

…と考えるのは私が昭和脳だからか。

横目で、はーちゃんママを見ると、スマホの画面を凝視しながら、何やら一心に文字を打ち込んでいる。

普段はフルタイムでお勤めなのだという。

 

朝7:00に家を出て、駅前の保育園に子どもたちを預けて仕事に行って、残業を免れたら6時にお迎えに行く。帰ってきたら夕飯を食べて、掃除、洗濯をして、前日に干した洗濯物を取り込み畳む。お風呂に入って寝たらもう、朝。その繰り返し。

余裕なんて全くなくて。

子供達は、コロナになってから旅行どころか遠足だって満足に行ったことなかった。

稲刈りツアーには結婚前に一度行ったことがあって、良い思い出しかなかったから、また再開されると聞いて申し込んだんです。新米ももらえるし。

結局、仕事が終わらなくて、報告書の下書きをスマホのメモ機能に打ち込んでるんですけど。

うちの子供たち、旅行慣れしてなくてすみません、はしゃいじゃって、ご迷惑おかけしますが宜しくお願い致します。

 

…と、はーちゃんママは、澱みなくサラサラと話しながらも、目はスマホの画面を見たままで、高速で文字を打ち込んでいる。

すごく仕事ができるか、または、人の気持ちに鈍感なのか。

どっちもかもしれないな、と思いながら山﨑さんを見ると、死んだ魚のような目をして、はーちゃんのお喋りに相槌をうっていた。

さあ、着きましたよ!

高田さんが一声かけると、バスのドアが開いた。

学校のプールほどの広さいっぱいに稲穂がわさわさと風に揺れているのが見えた。