次の日の朝、泊まった民宿の前までバスが迎えにきた。
バスのドアが開くと、子どもたちがまず乗り込む。
それから子どもたちの家族や保護者、女性グループ、夫婦参加者と何となく年齢別に乗り込んだ。
山田さんともう一人、20代参加者の女性が話しながら列に並んでいた。
二人は初対面だったが、同じ研修の元参加者として、昨夜は話が盛り上がったらしい。
バスの入り口前に二人で突っ立ったまま、笑いながら話し込んでいた。
それを見て、ふと閃き、前の座席に座った夫婦に話しかける。
「もしもし、あの、後ろに座ってる子供達のご両親ですよね?
すみません、気づかなくて。お子さん達と近い方が良いですよね。席を変わりましょうか」
私の前に座っている30代半ば夫婦は、慌てたように顔を上げた。
「すみません、こちらこそ子供達と遊んでいただいて。席かわって頂いた方が良いですよね」
話しかけなかったら最後まで子守をさせる気だったのかな〜などと若干意地悪な気分になりながらも、表面はニコニコしながら、はーちゃんママに話しかける。
「あのぅ、この席、非常口が横にあるから大人が座るには狭いんです。はーちゃんとママが座っている席とここを交換してもらえないですか。この席にママとはーちゃんが座って、そっちの席にパパとママが座ってもらえば、ちょうど良いと思うんですよ」
「ああ!そうですね」
はーちゃんママはパッと席をたち、昨日私が座っていた席にはーちゃんを座らせて、その隣、山田さんが昨日いた席に自分は座る。
はーちゃんはポカンと口を開けて、3組の席替えを見ていた。
はーちゃんママたちの座っていた席におっとりパパママが座り、その空いた席に私が座ると、山田さんがバスに乗ってきた。
昨日と違う席配置に戸惑ったように、首を傾げている。
「山田さん、昨日はお疲れ様です!研修の話で、彼女と盛り上がったんですって聞きましたよ〜。まだ話し足りないことがあるんじゃないんですか」
私は、隣に座ろうとした山田さんを引き止め、グッと前の方へ押出しながら、黒田さんを見た。
「ねえ、あの彼女のお隣の席空いてるんじゃないですかぁ」
「そうそう!空いてるわよ山田さーん、こっちの席」
「お仕事の申し送りもあるでしょう!同じ研修に参加したんだったら情報交換もしなくちゃね」
山田さんは強引に前の方の席へ押し出されていった。
はーちゃんが、はっと気づいたように「イケメーン!」と声を上げて立ち上がる。
「お仕事だからね、はーちゃん。山田さん、お仕事なのよ」
はーちゃんママは、はーちゃんの服を引っ張りながら言った。
その一言で、はーちゃんは大人しくなる。
普段ママが言い聞かせている言葉なのだろうな、と察せられた。
背後からはーちゃんに見下ろされる形になって、私は席越しに言った。
「はーちゃん、宜しくね」
「M、Mさん」
「お名前、覚えてくれたんだね。ありがとう、はーちゃん。嬉しいな。山田さんもね、お名前で呼んでもらったら嬉しいと思うよ」
黒田さんがこっちを見ているのがわかった。
「ねえ、山田さんは下の名前なんていうのぉ」
黒田さんが声を張り上げて繋いでくれた。
「ええっっと、ユウトですー」
「あら、はーちゃんのお兄ちゃんと同じ名前だねぇ!」
そうか、だからイケメン呼びだったのかな。お兄ちゃんと同じ名前は呼びたくなかったのかな。
と、考えていると、黒田さんがジェスチャーで「後ろ後ろ」と指をさしているのに気づく。
サイドから、はーちゃんママが顔を出して、こっちを見てそっと頭を下げた。
バスが駅に着くと、一人一人にお土産を手渡しながら、高田さんが「お疲れ様でした!ありがとうございました」と声をかけた。
袋の中には、新米1kgとこちらの名産品のお菓子が入っている。
「希望者には野菜をお渡ししてます!今朝採れたばかりの小松菜と茄子です〜」
もちろん頂きます!!
ほくほく顔で袋の中を見ていると、はーちゃんが駆け寄ってきて「何入ってるの?」と聞いてきた。
「お米とお野菜、お菓子かな。はーちゃんももらった?」
「ほら、これははーちゃんのよ」
ママが袋を見せると、わさわさと小松菜が揺れた。はーちゃんは袋を持ちたがったが、お米が重くてすぐママに返した。
「茄子、嬉しいな。お味噌汁に入れよう」
「いいですね、うちは煮浸しにしようかな」
ふふ、と顔を見合わせて笑う。
「Mさんはどちらにお住まいなんですか」
意外なことを聞かれて、思わず笑ってしまった。
「や、ごめん。解散時間近くになって、ようやく世間話っぽいことができるようになったなあって。小さな子がいると大変だものねぇ」
はーちゃんは、ママと私を交互に見ている。
「えっと、はーちゃんママ、ママのお名前は? なんていうの」
「エイコです」
ああ、やっと名前聞けたなあ。