「どうしよう、もってあと1ヶ月あるか、ないか、だって」
夫が動揺した声で電話をかけてきた。
どうしよう、じゃないよ。
時間がないんだから、思いつく限りのお義母さんの知り合いに連絡を取って、会いにきてもらうんだよ。
私たちも最後のお別れに行かなくちゃ。今週土日空いてる?
子ども達に声をかけると、二人とも予定は大丈夫だという。
土曜のお昼の面会時間に予約とってもらえるかな。朝イチで出発するから。
バスの時刻表と発着場所を確かめ合って、持ってゆくものだの、待ち合わせ場所だの、細かなことを打ち合わせた。
夫の実家に行くことが5年ぶりだ。
その間にバスターミナルが新しくなっていて、発着場所がガラリと変わっていた。
地下通路がダンジョンのようになっていて、地図を一見したところで辿り着ける自信がない。
途方に暮れていると、息子が「これの通りに行けば大丈夫」とyoutube動画を示した。なるほど、こうやって三次元映像で参照されると大変わかりやすい。
それでも道に迷って乗り遅れたら、と思うと不安で大分早く家を出たのだが、果たしてバスは空いていた。
5年前に乗った時は、朝イチで並んでギリ席がとれるくらいには混んでいたのに。
夫の実家は関東圏のどん詰まりにある漁師町で、観光客で賑わった時期もあったのだが、近年は東京に近い方へ近い方へと人口が流出してしまい、過疎がすごい勢いで進んでいるという。
バスから見える景色も、空き家や耕作放棄地がチラホラ見えて、何か物悲しい。
薄汚れたシャッターの閉まる商店街を素通りして、飲食チェーン店やフランチャイズ薬局などの横をすり抜けると、大型客船みたいな白い建物が見えてくる。
あ、イオンだ。
娘が上目遣いで窓に張り付いて言った。
夫が言っていた超巨大イオンってこれかぁ。
私も口をぽかんと開けて見上げた。
ジャスコ…じゃないイオンができて本当にこの辺は助かったんだ。
衣食住、全てが買えて賄えるし、ご飯も食べられる。映画も見れる。本も買える。
今となっては、なかった頃どうしていたか思い出せないくらいだ。
でも、どうしてもジャスコって言っちゃうよな。イオンって今だに、カッコつけてなんだよそれって感じがしてしまう。
しかし今、地方経済はイオンが支えてると言っても過言じゃない、ような気さえしてくる。
イオンを通り過ぎ、寂れた駅前に着くと、客は私たち家族しかいなかった。
色褪せた「ようこそ!」の横断幕の下で夫は傘をさして待っていた。
お母さんの具合どう、と聞くと、とりあえず昼飯食おうよ、と夫は話題を避けた。
久しぶりだろ、こっちくるの。
地元の定食屋だけど、結構うまくて評判なんだよ。
母さんもよく通ってたんだ。
雨、止んでるよお父さん、と娘が言って、夫は傘を畳み、歩き出した。