夢の中でもスマホを見てる

新居へ義弟から携帯に連絡があって、駅前に向かっている。

引っ越したマンションは駅の上に立つ団地のようなところで、エレベーターで降りるとすぐ目の前が改札口だった。

改札の向かいには、スーパーや商店街のような個人商店があって生活には至極便利だ。

だが目の前の八百屋では、腐りかけたリンゴが高値で売られている。それを吟味しながら買っていく人々。最近こういうものばかりだ、と横目で見ながら改札に向かった。

義弟はすぐ分かった。所在なさげに立っていて、ベージュのコートに両手を突っ込んでいる。

タバコを吸いたさそうだけど、ここは禁煙だ。改札から見える空は建物に遮られ小さく、光は届かない。もう夕暮れ時のはずなのだが。

「夕飯は食べました?」と聞くとまだだという。

「奥さんと娘さんは?」答えなかったので、まだ家に帰ってないのだなと思い、じゃあこの後うちでどうでしょう、と自宅に誘った。嬉しそうに後ろからついてくる義弟に、娘を迎えに行かなくてはいけないので、ちょっと遠回りしますねと言って歩き出す。

駅の立体遊歩道を周り込むと、暗く狭い裏路地に出た。

ここが近道なんです、と言いながら先へ進むよう義弟に促した。

義弟は体格が良いので通れないようなら、迂回ルートを行こうと思った。

路地を進むと階段がある。古くて錆びつき、段を上がるごとに軋む。

その先は細い鉄橋になっている。両側に建物が迫り、どのくらい高いのかはわからない。

突然、ウワッと声を上げて義弟が振り向いた。

危なかった、と言いながら足元を見せる。50cmほどの穴が空いている。

飛び越してと言うと、義弟は精一杯ふんばって穴を飛び越えた。足元が揺れ、錆がパラパラと落ちる。ここも直してほしいよもう、行政が仕事してないじゃない。

鉄橋の端までくると、急に視界が開けた。

団地に三方囲まれた空き地の真ん中に、泥の河が流れている。

開けた方向には見事な夕日が地平線に沈もうとしていた。

その周りで子どもたちが声を上げて遊んでいた。

目の前の団地を見上げる。50階建てくらいだろうか。天に聳える壁のようだ。

その向こうに、太い煙突が突き出ているのが見える。白い煙が上がっていた。

何の煙突だったっけ?そうだ原子力発電所の…と考えていると「お母さん」と袖を引っ張られた。幼稚園くらいの女の子が黒いドレスを着て、黒い蝶の羽を背負っている。ハロウィンの仮装のようだ。私の娘?でも顔に見覚えがない。人間違いではない?

「お母さん」もう一度背後から声をかけられた。ふりむくと小学生の娘が立っている。

「帰ろう」小さな黒い妖精の女の子は消えていた。

泥を避けながら、一段高くなっているコンクリートの細い小道を歩く。

頭上に半円形の日除けがあり、両サイドには工事用の白いビニールの幕が貼られて周りは見えない。右側からビニール越しに夕日が差し込んできて、風が入るたびにバタバタと幕がはためき、強烈な光が隙間から照らす。

その隙間から、見事な夕焼けを背景にして満開の桜の大木がシルエットになって浮き出されて見えた。

いやこれは桜じゃない、林檎の花だ。

風が吹くたびに白い花吹雪がこちらに押し寄せる。

幕の隙間から金色の光に照らし出されて、発光する蝶の群れが舞い降りるようだ。

綺麗だ、と思った次の瞬間には、スマホを向けて撮ろうとしていた。

背後から娘に言われる。だめだよ、撮影禁止区域だよ。

分かってる。でもこんなにも綺麗なの撮らずにはいられないよ。

そこで目が覚めた。

不思議。夢の中でもスマホで撮影するのだな。

綺麗なものを残したい。

目に映る映像を頭の中に留めておくだけでは物足りない。

それは何故なんだろう。

でも結局、夢の中だったので残せなかった。なのでせめて文字にしておこう。

外部記憶として再生できるように。