野菜ってヘルシーなわけではない

今通っている美容院は、もう12年通っている。

元は極真空手の道場だったが、ある日突然おしゃれなカントリースタイルの店舗がオープンして周囲の噂になった。飛び込みで入ったら、感じよく腕も良く、それ以来一年に数回通っている。

 

美容師さんが男性の場合、理想の女性像を想定してヘアカットしてるような気がする。

そこから外れた路線はあまり得意ではないが、一般受けするヘアスタイルやアレンジは上手い。周囲にも似合うと誉めてもらうことが多い。

女性の場合は、客の要望に応えてくれるタイプの人が多い気がする。一般的ではない髪色やスタイルでも、本人がしたいのならと応えてくれる。対応がフレキシブルだ。

わたしの担当さんは男性なのだが、カットが上手で、癖ありのわたしの髪も何なく綺麗に揃えてくれる。でもカラーリングはお好きでないよう。自分の髪色が一番ですよ、と白髪染めもすすめてこない。

ときどき物足りない気分になる。

 

ここ数年、白髪が増えて髪自体にハリがなくなってきた。

自粛期間中は人に会わないので良かったが、最近は流石に気になってカラーリンスなどで凌いできた。だが思い切って染めることにした。10年ぶりくらいか。

インスタで検索をかけて探してみる。

この人なら仕上がりが想像しやすいし、安心して任せられそうという美容師さんを見つけた。

予約を入れようとすると、場所は大きなターミナル駅近くの繁華街だった。

地図に説明文がついている。

「初めて来られたお客さんには分かりにくいと言われます。迷ったらお迎えに上がりますので頑張って探してください!」

まじか。

 

その美容院は確かに分かりにくい路地の奥にあった。

説明文に「細い路地を直進します」と書いてあったけど、路地というより雑居ビルの隙間のような曲がりくねった空間を進んでいかねばならず、お世辞にもこれは直進とは言えない。

ここで合ってるのかと不安になりながら進んでゆくと、ビルとビルの隙間に住宅やアパートがひしめき合って建つ空間があり、民家の一階が小洒落たガラス張りの店舗になっていた。

ドアを開けると、狭い空間に男女6、7人ほどが座っており、色とりどりのタオルを巻き付けている…と思ったら、それはタオルではなく髪の毛だった。

白や黄色、ミルクティーカラーなどの無難な色だけでなく、ショッキングピンクやブルーなどの派手な髪をして、マスク姿に白いマントを巻きつけた客が生真面目な顔をして鏡に向かい合っている。

「いらっしゃいませ、予約のお客様ですね」

お願いした美容師さんは、若くてシュッとした美人お姉さんで気後れしたけれど、ここまで来たんだオバさんの意地を見せるんだ!と素知らぬふりして椅子に座った。

美容師さんに流れるような作業で髪を洗われ、薬剤を塗りつけられ、ラップを巻いてタオルで固定されてゆく。

渡されたタブレットで雑誌を見る以外にすることがなく、何とはなく外の景色を眺めて過ごしていた。

美容院の向かいは新築の店舗兼住宅で、2階の窓下に丸い看板が取り付けてあった。

木製で、茶色い地の色に虹色にグラデーションがかかった木のシルエットが描かれ、「LOVE&PEASE WONDERFUL WORLD」と書かれている。

「あのお店ってなんの店なんですか」

美容師さんに聞くとチラッと見上げて、ああとうなづいた。

「なんですかね〜私達スタッフにも分からなくて。ただ、あのロゴですし、占いとかスピリチュアル系の雑貨屋かな〜とか話してるんですよ」

「へえ〜スピ系…怪しいですね」

「怪しいですよね〜しかも客は結構入っていくのに必ず一人づつで、あのドアから出ていくのを誰も見たことないんですよ」

……それってさ〜

と思ったが、口に出すのをなんとなく憚られて、へえ〜と無難に受け流し、美容師さんと客の一般的な雑談に専念した。

髪色は絶妙なハイライトが入ったベージュ系バレイヤージュ、思い描いていた仕上がりで大満足でした。

ありがとうございました〜という美容師さんの声を受けながら店の外へ出ると、来た時とは雰囲気が一変していてギョッとした。

路地から少し入ったところのスペースに、男性ばかりが10人ほど立ち並んでいた。

あの怪しい店の客だ、とすぐ分かる。

皆、同じ方向を向いて立ち、タバコをひっきりなしに吸いながら、店の方向を気にしていたからだ。

前を通るときに女性客も混じっていたことに気づいたが、その場にいる人間全員、ひとり客らしい。誰とも目を合わさず、俯いている。

なんだろーーこの後ろめたい感じ。

 

「わたし大麻だな〜ってピンと来たね」

帰宅して家族に件の美容院の話をすると、髪の毛のことより、怪しい店の話で盛り上がった。

「ええ〜占いじゃないの?」

キョトンと言う夫。

「実はあの駅前は、関東圏では一番大麻の取引の多い地域で有名なんだって」

と、娘がこともなげに言う。

「なんでそんなこと知ってるの?!」驚く両親。娘の方が情報通?!

「学校で麻薬撲滅授業があって、警察の人が来て言ったんだもん」

「ええええ〜〜そうなの?池袋とかじゃないの?」

「ネットで『野菜・〇〇駅前 食事』とかで検索すると出てくるよ。野菜格安、路上取引しますとかって」

野菜、とは大麻の隠語です。

そんな『ヘルシー・駅前・お値頃ランチ』みたいな検索ワードで大麻情報が!?

「ダメじゃん警察!!そんな情報を健やか高校生に広めちゃ!!!」

「いやいや逆。ダメ絶対的な映像とか体験談聞かされた。人間やめてはいかんですよ」

娘はしれっとしてる。が、ええ〜〜〜〜でもなぁ…

あの場所に立っていた客たちは男性が多かったけど、若い女の子も1、2人いた。

好奇心に負けて寄っていっちゃう子どもだっているだろう。

伝え方とも思うけど、具体的な情報出す必要あったのかなあ。危ないじゃないか。

 

所在なさげに立って、何かを待っているような、後ろ暗そうな人々。

大麻かどうかは分からないけれど、異様な風景だった。

またそんな場所になぜあるのよ、あの美容院。

仕上がりには満足してるけど、2ヶ月後リタッチをどうしようかと悩んでいる…