ひとりひとりに鎌を渡し、高田さんがまず見本を見せた。
「こうやって逆手に稲を一掴みにして、根本から10cmくらいのところをザクっとね。勢い良すぎて足を切らないよう気をつけて。
それを3回繰り返して一束にして、三束重ねたら、藁でまとめるの。こう根本をねじりながらくるっと回す。そしたら稲垣に引っ掛けて干す。あんまり難しく考えなくて良いから、やってみて」
最初は恐る恐る鎌を使い、だんだん慣れてくると作業がつい雑になり、束ねるときに力加減が上手くいかなくてバラけてしまったりしながら、黙々と稲を刈って束にまとめていく。
丁寧に切り口を揃えることを意識しながら、無心になって刈っていると、喉がカラカラなことに気づいた。
秋晴れの良い天気の下、10月になったというのに日中は20℃以上あり、炎天下の作業はクラクラした。これは熱中症に気をつけないと、と麦茶をいただきながら一息つく。
稲刈りツアー用に、この区画だけ稲穂が残してあり、他の田んぼはもう収穫が終わっていた。
今年は猛暑の影響で、稲の収穫が早かったそうだ。
その田んぼの横に公園があって、小学生高学年の子以外は、ツアー参加客の子供達も地元の子供達と一緒になって遊んでいる。
参加者は子供の目の届くところで稲刈りが楽しめるし、公園横に公民館があり、トイレや怪我をした場合の手当などにもすぐ対応できるようになっていた。
稲刈りツアーのために、細々としたことが、よく考えられていることが分かる。
これは20年の知恵の蓄積だなぁ。
復活してよかった。消えてしまったらもう構築できないもの。
そんなことを考えていると、女性グループのリーダー、黒田さんが手招きしているのが見えた。
お茶にしましょ、稲刈り終了です〜ってさ。
地元の方々が、先日収穫した新米で、おにぎり作ってくれたって。
今日収穫したお米は日に干して、後日に脱穀精米してくれることになっている。
大きなお皿の上には、こぶし程の大きさに丸く整えられたおにぎりが、銀色に輝いていた。
一つ頂いてひとくち齧ると、塩だけのシンプルな味のはずなのに、味わい深く、お米の香りが
ふんわり鼻に抜けて至福である。もう全方位に死角なく美味しい。
日本人だなあ、としみじみ感じる。
公園のすみで、山田さんにまとわりつくようにして、はーちゃんが話しかけているのが見えた。相変わらず、イケメンは、イケメンがね、と言っている。
あれはさぁ、まずいよ。
その様子を見ながら黒田さんが独り言のように言って、女性たちは各々頷いた。
あの女の子、人懐っこいしね。
物怖じしないし、まだ怖さを知らないし。
ああいう子は連れてかれちゃったり、マークされやすいよね。
あの「イケメン」っていう呼びかけがマズイわよ、匿名性を帯びちゃうと、犯罪に巻き込まれやすいじゃない。
やっぱり名前を認識して知り合いになるっていうのが抑止力になるのよね。
少し離れたところで、はーちゃんママは5歳くらいの男の子の前に膝をついて、何かをコンコンと話していた。
拗ねるように口を尖らす男の子は、目元がはーちゃんとよく似ている。
バスの中でも、ゲーム機でずっと遊んでいた子だった。
この5人グループは、職場の同僚や学童のママ友同士でこのツアーに参加して、知り合ったのだそうだ。
5年くらい前までは子供達も一緒に参加してたんだけど、もう成人して独立しちゃってね。
年に一回、このツアーに参加して夫や子供の愚痴言ったりしてが楽しみで。
3年ぶりに集まれてよかったわ。
この稲刈りツアー、なんていうか昭和の香りが残るでしょ。
懐かしい感じが居心地良いのよねぇ。
突然、ぎゃーっっという声が響き渡った。
何事だろうと振り返ると、はーちゃんは泣きながらママに背負われて、公民館へ入っていった。
あーー転んじゃったみたいだよ。ほら、あの若い男性を追いかけようとして。
ああ、ほら山田さんね。4年前にここに農業研修に来たんだって。今回、その時お世話になった農家の方へご挨拶にって、稲刈りの途中で抜けることになっててさ。
へえ、そんなご縁があったのね。
ほら、バスの中にいた、もう一人の若い女の子。その子も同じ団体から派遣された研修生で、去年派遣されてきたんだって。
あらーーじゃあ、あの二人は先輩後輩なのね。
女の人のコミュ力と情報収集能力の高さは凄まじい。
短期間によくもこれだけ聞き出せる、と感心する。
しかも稲刈りしながらだ。
公民館から、はーちゃん親子3人が出てきた。
はーちゃんはおでこに絆創膏を貼って、うつむき加減にママと手を繋いでいる。
地元のおばあちゃんが大丈夫かと声をかけて、はーちゃんままが、本当にすみませんと頭を下げた。
はーちゃんとはーちゃんのお兄ちゃんらしき男の子は、その様子を見て、ぺこりと同時に頭を下げた。