高校見学

先月、高校見学会があった。

 

昨今、説明会はオンライン予約がデフォルトだ。

混乱するからという理由で、高校側は予約開始日は公表してくれないし、会場は感染防止策で限定人数しか入れられない。受験生側は高額チケット獲得並みの粘りを求められる。根気がないと、複数の学校を見学する気力が続かない。

一日で3校も見学できるPTA主催の高校見学は、毎年人気だったが、去年はコロナ禍で中止だった。今年は、早い時期からアポを取っていてくれた執行部のおかげで行けるようになったのだ。緊急事態宣言が出る間際で、あとちょっと遅かったら中止というタイミングだった。執行部の皆さんに感謝がつきない。

 

貸切バスの隣になったのは、小学生のときから娘と仲良しのカリナちゃんのママだった。

カリナちゃんママは中国の方だ。流暢な日本語を話すので、大抵の人は気づかない。

バス移動の際に、日本語がうますぎるという話をしたら「でももう半世紀近くも勉強してるの。私は外国語選択を日本語にしたので英語は勉強してないし」と笑ってかえされた。

 

「私よりカリナが大変だった。8歳で日本にきたとき、それまでの日常語は中国語で、日本語はほとんど話せない状態だったから。

学校でやっていること話していることが一つも分からず、いつも泣きながら帰ってきた。

毎日寝る前まで漢字と読み聞かせの練習をして日本語勉強していた。中国では勉強はできる方だと思っていたから悔しかったのだと思う。

勉強は、中国の方が大変。

中国では、読み書きの基本を幼稚園で習う。小学一年生になったら7時近くまで授業や塾があるのが普通。大学受験までずっと勉強、大変ね。でもそれは普通。部活とか趣味とか中国の学生にはない。

なのに日本は、午後2時すぎると家に帰ってきちゃう!

最初はびっくりしたね。でも、裕福な家ほど塾に通わせると知って、どの国でも同じだなと思った。

カリナも塾に入れたのだけど、ある日「あの塾の先生はおかしい。教えていることが意味分からない。何度聞いても、説明がおかしい」と怒って帰ってきた。

すごく高いお金払って教材も揃えたのに、カリナは「先生がおかしい。私はあの塾は辞める」と言って行かなくなってしまった。

塾へ出向いて説明を求めたけど、先生に「あなたの娘さんの方がおかしいですよ」と怒鳴られ逆ギレされた。

結局、カリナは塾には行かなくなってしまった。けど、学校は楽しそうだった。

一番執着したのは、ピアノだった。

ピアノを初めて見たのは中国で幼稚園に通っていたとき。

弾きたい、習いたいと大騒ぎして、根負けしてピアノ教室へ通った。

日本に来てからも、ピアノだけは続けたいと懇願された。けれど、最初は日本語ができなかったからピアノどころじゃなくて。

いろいろ落ち着いてから習えるようになったら、のめり込んで弾いてた。

もっとたくさん習いたいと言われたけど、そこまでの余裕がうちになくて、かわりに何か違う楽器をやるとかどうかなって勧めたの。

そしたら「ギターやりたい」ってギターの動画を見せられた。

今はyoutubeでギターも習えて良い時代ね。カリナのギターもメルカリで安く買えた。

去年の夏休みは、ずっとギター弾いてた。

本当は勉強しなくちゃいけないんだろうけど、カリナがあんまりにも楽しそうで。

家にこもって弾いてると、夜とかうるさいから外へ出て弾いてって言った。

そしたら次の朝、起きたら家にいなくて。昼ごろギター持って帰ってきたの。

どこいってたのって聞いたら、朝4時くらいから川土手に行って、朝日見ながら弾いてたっていうの。

学校の友達とLINEしてて、セッションしようってことになって、せっかくだから太陽があがるの見ながらしようって。家を出れない子達にも配信したんだっていうのよ。

ほら、これ。

 

カリナちゃんママが見せてくれたスマホの映像は、小さな窓ひとつひとつの中で、みんなが笑っていた。セッションというか、合奏はほとんど分からないけど、楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。

アオハルでしょ、ね。

ほんと。

マスクの下で、二人にっこり笑った。

 

今回の訪問校は3校とも、新校舎が竣工してまもない学校だった。

PTA執行部に聞いたら、意図的にそうしたという。

「見学する高校を決めるための優先順位は、1番は設備が充実していること、去年リモート授業になったとき、対応できない学校もあったからね。今しばらくはこの状況が続くし、またリモートにならないとも限らないでしょ。去年の経験を活かしていない学校は淘汰されるなって思ったの。今って高度経済成長期に建てられた校舎の建て替え時期で、あちこち新校舎になってる。でもハコだけ新しくしても中身はどうか分からないし。どうせなら比較したいでしょ?

2番は通学距離が近いこと。(近いといっても通学時間が40分以内の学校が、近辺には30近くもあるのだけど) 

3番目は偏差値50~60の学校で大学進学に力をいれているところ。

一番需要がある層に絞ったの」

 

最初に訪問したA高校は市立高校(公立)だったが、去年校舎を一新してから受験倍率が急激に上がった人気校だ。学校、というより、市が流行の建築家に依頼した施設みたいな建物。

中庭を囲む吹き抜けの校舎は、ショッピングモールのようだ。置いてあるベンチやオブジェもおしゃれで、トイレや非常階段のピクトグラムのデザインもカッコ良い。

ただ自習しているだけでも見栄えする。

「こんなところで勉強したい!!」とカリナちゃんママが感激して、するのは娘さんでショと突っ込む。

おしゃれなだけでなく、ひとり一台PC配布、校舎内wifi完備ですと案内役の先生が胸を張り、自慢げに言った。

「次世代教育としてプログラミング授業も行っていますし、大学進学率も好成績を上げています。進学指導に一年生から力を入れていて、職員室前には質問したい生徒の列をさばくための長机が用意されています」

ほぉ〜とため息しかでない。

隣に立っているケイくんママが「うちの子が職員室に質問しに行くことなんて絶対なさそう」とつぶやいて、思わず吹き出す。

そうなの、背景が立派でもねー。

まぁ、やる気を出してもらうための舞台装置なのだろうな。

この市立高校が校舎を改築するとき、こんなに立派な施設が必要かと議論があったんです、と説明会の終わりに案内の先生が言った。

でも「子どもは地域の未来だから」と押し切ったんです。学校内の施設を民間へ貸し出すことで収益をはかり、地域と連携してコミュニケーションをとり、知識をつめこむだけでなく文化も育つ場所にしたいという思いで、こういうスタイルの校舎なんです。好奇心旺盛で優秀な学生が集まる学校にしてゆきたいと教員は頑張っています。来春、ぜひ入学してください。

公立の先生ぽくないアピールだった。

生徒を集めないと船が沈む、と覚悟している切実な声だった。

 

その後、私立のB高校とC高校へ行き、それぞれ90分ほどの説明会と施設見学があった。

どちらの学校も校舎は新築、または改築・建設中で、エグい程にお金のかけ方が違う。

兄の時も公立高校を見学に行き、施設の古さや装備品の貧相さに唖然としたけど、こうまで格差が開いてしまうと、別の国のようにも見える。

今現在、私立進学者にも補助金や援助金が県から支給されるので、公立高校との学費の差はあまりない(補助金受給年収制限はあり)。

去年、公立高校が定員割れしたわけである。

そりゃ新しくてサービス行き届いた方へ行くだろう。

 

C高校は有名なスポーツ高校でもあり、グラウンドが3つもあって、広大な敷地を巡回するバスまで用意されている。

練習する野球部員やチアリーディング部を見ながら、カリナちゃんママと話した。

「すごいね、綺麗な校舎で親切な先生ばかりで。今日行った高校はどこも素晴らしかった。こんな学校で青春したい」

青春…ママが行くわけじゃないでショ、と突っ込もうとしてやめた。

ママが送りたい学生時代を、カリナちゃんに託しているのだろう。

「カリナちゃん、中国語しゃべれたなら語学専攻の学校はどう? 県内に外国語専攻科のある高校って結構あるよ。これからの時代、中国語ができるのは有利だと思うけど」

首をふりながら、カリナちゃんママは言う。

「いや、小さかった頃のことだしもう覚えてないと思うの。中国に帰ることはもうないし。だから自分がしたいことをして欲しいのよ。高校生を楽しんで欲しい。だってアオハルじゃないですか、女子高生って」

自分の浅慮を思わず恥じる。

そのとき唐突に、自分が日本人でいることにアドバンテージがあることに気がついた。自分の中に、情報をシェアしなければという義務感が湧いた。

「あのね、公立高校は願書出して受験するだけだけど、県内の私立高校は受験までにやらなくてはならないことがあるの」

困惑顔のカリナちゃんママに、県内の私立高校を受験するには、必須のローカルルールが幾つかあることを説明した。こういうことは学校では教えてくれない。何故なら受験情報は塾の範疇で、教育とは関係ないからだ。カリナちゃんは塾を辞めてしまったと聞いたので、ママも受験情報に疎いだろうと推測して聞くと、やっぱり何も知らなかった。

「九月になったら、北Sテストっていう民間業者主催のテストを受けて、結果表を高校説明会に持ってゆくの。良い成績だと入学に便宜はかってくれるから。説明会はオンライン予約しか受け付けてないから予約開始日に気をつけてね」

「そんなの聞いてないよ〜」

ダチョウ倶楽部ばりの抗議に、うんうんそうだよねとうなづく。私も第一子の受験の時は知らなくて、後から知り焦った。塾の情報に踊らされているなと思いつつも、現実は情弱には厳しい。

しかし、日本の受験はどうも県ごとにローカルルールがあり、塾業界が仕切っているようだ。

友人はK奈川県在住だが、塾へ子供を通わせるようになって初めて受験に独特ルールがあることを知り、上の子が受験に失敗した理由を知ったそうだ。

 

何となく後ろめたく窮屈な気持ちが、子供たちに対して私にはある。

それは、この受験というシステム攻略が学校教育の最終目的に、いつのまにかすり替わってしまっているからだ。

日本の教育は、受験勉強が主軸にある。

本当の意味での勉強はあまりないように感じる。

もちろん、それが悪いとか意味ないとかいうわけではないけれど。

 

この夏休みに海外へ留学しているお子さんがいる知り合いが、周囲に何人かいる。

この世界情勢で日本を出るのは勇気がいると思うが、そこをとびこえても留学したいという強い意思があるのは凄い。そして、自分が勉強したいものが日本にはないとイメージできることは賢い。子どもは親が思っているよりも先を見ている、そう知人が言っていた。

この閉塞的な雰囲気の中に、そういう子どもたちがいることに希望を感じる。

共通するのは、コアな専門分野(音楽や舞踏、工学など)の勉強に励んでいて、将来なりたいイメージをはっきり持っていること。

 

将来、何になりたい?と聞かれたとき。

なりたいものがない、という子どもたちがほとんどだと思う。

なりたいもののイメージを固めてゆくのが高校生活。

 

もちろん、学校に通わなくても良い。

それも自由。

そんな自由も普通に話せる社会にしたい

と私は願う。