年末の押し迫った時期に、仕事がひと段落ついて安堵した途端、左目に違和感を感じるようになった。
私はヘルペス持ちで疲れが溜まるとなりやすいのだが、特にひどいと目の粘膜内にできて眼科のお世話になる。
眼球にできると失明したり視力が落ちるからと脅されて以来、目頭にピリピリする感覚がある時は、迷わず眼科に行く。物理的に瞬きするだけで痛くて辛いのだ。
実は一週間前にも同じ眼科に行ったのだが、症状が結膜炎と判別しにくくヘルペスとは言いにくいと医師(20代女医)が診断し、治らなかったらまた来院してと言われていたのだった。
処方された目薬2種を点眼して一週間経っても治らないし、瞼にポツポツ水疱ができて痛いので、こりゃ確定だなと思いつつ再び来院した。
眼科は、年内最終診療日だった。
一番で名前を呼ばれ診察室に入ると、前回とは違う40代半ば男性医師がいた。
カルテを見ながら医師は「普通に結膜炎じゃないの」と言いながら医療用手袋をはめて、私の右目まぶたを人差し指と親指で挟もうとした。
が、何度やっても皮膚がうまくつかめず、六度目で爪を立ててきた。
いてっ痛いです…と言っても医師から謝罪の言葉もない。しかも右目は患部じゃないし。
「先生の指、太いんじゃないんですか」嫌味の一つも言ってやる、と言う気分だった。
「ちょっと!それ私に言ってるんですか」と言いながら医師は上体を起こし、私に向かい合った。
「そんなこと初めて言われましたよ、失礼な奴だな。あんたが顎を引くからつかめないんだよ、動くんじゃないよもう」
ヒステリックな早口で医師は言い「ちょっと誰か来て、肩押さえて」と大声を出した。
はぁ?それ、私に言ってるんですか?どっちが失礼なんだよ。
ちょっと信じられなくて振り向くと、呼び出された若い看護婦が、先生と私の顔を交互に見て驚いていた。
子どもでもないのに、私を押さえつけようって言うわけですか?
ムクムクと怒りが湧いてきた。
なんだ、こいつ。何様じゃ。
「押さえつける必要なんかないですよ。大体、私動いてないですし。動かないようにしてますからやってくださいよ、さあ」
医師はまた右目の上瞼に触れた。だから患部は左下まぶたなんだって!
ちゃんとカルテ読めや!!!
グッと渾身の力を込めて睨みつける。ふざけんなよ、ヤブ医者。
とは言わなかったけど、無言の気迫は伝わったようだ。
医師は怯んで顔を背け、体を捻って机に向かうと、もう私の方を見ようとはしなかった。
「じゃあそうですね、薬変えてみましょう。ヘルペス用の軟膏を処方します」
ゴニョゴニョ言いながらカルテに書き込み、じっと下を見て俯いてる。
私の中に怒りのオーラが駆け巡っている。それを満身の力を込めて放出する。
声に怒りが滲んだ。
「そうですか、じゃあ最初から処方してくださったら早く治ったかもしれないのに」
というか患部診療していないのに、薬出して良いのだろうか。
しかし、人間って不思議だな。
なにも言っていなくとも、この男性が私に怯えているのが背中から伝わる。
前来た時は、こんな先生じゃなかったけど。何かが変だった。
もう二度ときませんから、と心の中でつぶやいて待合室へ出た。
待合室は満員だった。
首都圏は医療崩壊している、って情報が流れてたけど、眼科も含むのかな。
そんなに目の調子が悪い人が多いのか。
見た感じ、明らかに具合悪い人はいなさそうだけど、皆、陰鬱そうに下を向いて黙っている。
重苦しい空気から逃れたくて、急足で病院を出た。
次の日、用があって池袋まで電車に乗った。
もう今年もあと2日、帰省に向かうのか大きな荷物を持った家族連れも多くて、車内は混んでいた。駅構内や車内に、明らかに具合の悪そうな、前屈みで座り込んで両肩を抱き抱えている人や、周囲を気にせずベンチに横倒れて寝ている人を見かけた。
こんなに頻繁に見るってことは、流行っているんだな〜第8波かと呑気に思っていた。
だが、帰り際にスーパーに寄ったとき、明らかにおかしい様子の人を何人も見かけて、本当にまずい事態になっているんだと実感した。
ものすごい寝癖のついた髪の毛にパジャマ姿の男性、よれよれの上着にサンダル履きで、ずっと咳き込んでいる女性、避けている周囲に気づく様子もなく、どこか上の空で買い物カートを押していた。
そして、あちこちで喧嘩、こづきあい、罵倒する声を聞いた。
何かが崩れ、壊れようとしている予兆。
そんな言葉が頭に浮かんできて、背中がゾワッとなった。
私にできることは何だろう。
自衛するしかない。
自前の免疫力を高めて、なるべく添加物の少ない食事をとり、適宜な運動をして健康に過ごす。情報だけはアンテナを張って仕入れるようにして。
それしか思いつかない。