山の上の湖

ずっと繰り返し見る「夢」のモチーフがある。

 

それは、山奥の泉だったり

崖からほとばしり落ちる滝だったり

ダンジョンの長い階段を上がった先にある井戸だったり

高層オフィスの給湯室だったこともあった。

 

現実が辛い時期に見る夢のパターンに

「高所にある水場」というイメージが

私を癒そうとしているようだ。

 

私は夢のなかで

神に祈ったり、亡くなった人を弔ったり

ただひたすら経文を唱えていたりして

いつも一人だ。

 

生まれ変わったら何になりたいか、と聞かれて

私は「山奥の湖になりたい」と答えた。

深く考えず口から出た言葉だったが

来月、私は山奥にある湖の村へ行くことになった。

 

そこは

冬はほとんど雪に閉ざされてしまう豪雪地帯で

村の真ん中にある山のてっぺんに

龍が住むという湖がある。

豊富な雪解け水が

階段状に並んだ小さな泉を通り

棚田となって里を潤している。

 

来世まで待たなくとも、私、夢を叶えたような。

緑のシャンペンタワーのような稲穂の泉の階段が、グーグルマップに映っていた。

 

そうか、カルデラか。

思いついたら、腑に落ちた。

私を呼ぶ、繰り返し浮かぶ場所のイメージ

山の上にある湖。

あれはカルデラなのだな。

 

その夜、私はまた夢を見た。

 

月のない暗闇の中、鬱蒼とした山道を歩いている。

道はぐるぐると螺旋状になっていて、目眩がしてくる。息が苦しい。

一瞬現実にかえり、夢の中でもマスクをしているのかと思ったら、猿ぐつわをされているらしい。

前後に人々が連なって、一列になって無言で暗闇の中を進んでいる。

私は後ろ手に縛られ、腰にも縄が付けられていて、まるで囚人のようだ。

山道を上がり切ったところで不意に空が見えて、目の前がふと明るくなった。

漆黒の木々が囲む中、満天の星灯りを鏡のように映して、湖はさざなみを立てながら青白く光っていた。

人々は黙ったまま湖水のほとりに並び立ち、私は前に突き出された。

そこには小さな舟があった。

背中を押されて中へ乗り込むと、数人の男たちが船を取り囲み、沖へと押し出していく。

男たちは腰下が浸かる位まで船を押し出し、何も言わずに岸へ戻っていった。

私は船の上でうずくまる。

狭くてきつくて足も伸ばせない。身動きできないのだ。

音のない世界を舟は進む。もう岸に並んだ人影は見えない。

湖の中央まで来たら、飛び込めと言われていた。

私は空を見上げ、そして湖面を見た。

上にも下にも小さな瞬きがいっぱいに満ちて眩しいくらい。

静かなのに賑やかのような不思議な感じ。怖くはなかった。

遠く光る星達に祈っていたような気がしたけど、気づいたら眠ってしまった。

 

笛のような、琵琶のような、音が聞こえた気がして目が覚めた。

湖面が一枚の白い布のように淡く光っている。

星達はもういなくなっていて、木々の向こうに金色に波打つものが見えた。

黄金の矢はまっすぐ私を射抜いた。

聞いたことがない音が私を貫き、思わず目を閉じた。

目を開けると、小舟は崖下の岩の間にたどり着いていた。

手を縛っていた縄を解こうと身を捩ると、簡単に縄は外れた。

なんだ、外せるようにしてくれていたんだ。

舟から小岩伝いに崖上へと上がると、みっしりと下草が生えて、道らしきものは見つからない。

湖の向こう岸を見ながら、縄がすぐに解けた意味を考えていた。

もう帰れないんだなと思い、帰らなくていいのだと嬉しくなった。

 

そこで目が覚めた。

ときどき「生贄」の夢を見ることがある。

でも初めて生き延びた。

 

湖の村には何があるのだろう。

行くのがとても楽しみだ。