「専業主婦」で流れていく

先日、就職webサイト主催のセミナーがあって、久しぶりに都内へ出た。

専業主婦から一流ホテルのマネージャーになった薄井シンシアさんと、就活コンサルタントの坂井直文さんのダブル講演会で、お二方どちらもお話が上手で面白く拝聴した。

しかし聞きながら思ったのは、もう私は企業に隷属して働くことは出来ない、という強い感情だった。

シンシアさんがどんなに、中高年専業主婦でも働けます、市場価値がありますと説いても、それは「企業側から見た価値評価」であって、中高年本人の自己評価とはかけ離れている。

私たちアラフィフは、もう働きたくないが本音なのだな。

もちろん働かなくては生きていけない。しかし、かつてのように身も心も仕事に捧げよという働き方は、どんな世代もできないだろう。

時代は変わったのだ。

 

そのシンシアさんがTwitterで炎上していた。

講演会の中でも「専業主婦はスゴイ能力を持っている」と少々持ち上げ気味な感じでアピールされていて「専業主婦を積極採用している」と話していた。

しかしtwitterで「50代専業主婦を積極的採用してきたが、三ヶ月でやめてく。期待した自分が悪かった。企業が専業主婦を使い捨て人材としか見ない訳が分かった」とつぶやいて、反発されていた。

「元専業主婦ばかりが辞めてゆくなら労働環境に問題あるんじゃないの」

「50代って一番体力きつい年齢だし、介護とか病気とかこどもも思春期とかいろいろあって、思う通りにはならない年代じゃない。そういう配慮とかはないのだろうか」

「自分を専業主婦だったって卑下した言い方してるけど、夫は外務省勤務で駐在妻、子供はハーバードじゃんーーー全然普通の専業主婦じゃなかったよね」

そんな意見がタイムラインにぽつりぽつり流れていって、しばし画面をみながら先日の講演会を思い返していた。

 

私が講演会でシンシアさんの話で気になったのは、「私も同じ専業主婦だった」と言いながらも、会場の共感に訴えるわけでもなく、単なる自分のキャリア自慢になっていたことだった。

仕事が自分のアイデンティティの核になっているが、家族など帰属するバックボーンがない。(こどもたちはそれぞれ独立し、今は一人暮らしらしい)

周囲に対する思いやりや優しさがかけている…というと言い過ぎな気もするけど、要するに拝金主義を強く感じ、一昔前のサラリーマンのようなのだ。

これじゃあ部下はついてゆかないだろうな…と思ったところで、隣の人が手をあげ質問した。

「そこまで自分を分かっているのに、どうして起業しないのですか?

 企業につくすのは何故ですか?」

鋭い質問だ、私もそう思う!と心の中で拍手しながら、シンシアさんの回答を待った。

しかし、シンシアさんの答えは「リスクを背負いたくないから」という拍子抜けの答えだった。

結局、この人は自分の黄金時代だった海外駐在外交官妻という専業主婦のステイタス、贅沢なアメニティや豪華なインテリア、面倒な家事は全て外注というライフスタイルに浸っていたいから、ホテル業界にいるのだ。

そして、その経営を支えるのは自分ではなく別の誰か(専業主婦なら夫)という考えなのだな、と構造が透けて見えた気がして、この人の元で働くのは嫌だな〜と感じたのだ。

駐在時代の女中よろしくこき使われそう、とか。

 

講演会の帰りのエレベーターの中で、質問していた隣の人と一緒になった。

その勇気を讃える気持ちを伝えたい!と感じて「鋭い質問でしたね。私もそう思いました!」と話しかけると「ありがと!実は私、起業しようと思ってるの」と快活な返事が返ってきた。

私もフリーランスなのだけど…と言うと、おお〜先輩ですね!業界は何ですか?と話がつきず、ちょっとそこでお茶しませんか?となったのだった。

 

その人、Sさんは私と同い年、子どもは3人、一番下の子が今年から大学生だそうだ。

家族構成が似ていることもあって気が合い、駅前のカフェで二時間以上、おしゃべりしてしまった。

初対面なのに、こんなに共感し合ったのは、私たちが派遣社員で長い間、辛い経験をしてきたと分かったからだった。

 

「私ね、派遣社員でもう20年以上も働いたのよ。

いわゆる大企業や有名な美術館などの施設で経理仕事をしてきたのだけど、正社員にならないか、と言われたことほとんどなかった。

契約期間が過ぎたら別の誰かにすげ替え、それで周りも困らない。いわゆる使い捨て。

経理って、自分の給料も数字でみるじゃない。

そうするとね、派遣社員って人件費でなくて雑費なのよ。リースのPCやコピー機と同じ。

派遣先のマージン金額とかも分かっちゃってね。きついわよ。他の会社の歩合とかも比べられて、まだ私のいる会社の方が某pasonaよりましかな〜とかね。

何がましなもんか、奴隷登録料をかすめとられてるのは変わらないのにね。

でも何が辛いって、仕事に効率とか工夫とかをしようとすると咎められることだった。

あまりにも煩雑なエクセルを使ってる会社に、整理して、それまでの半分の工程で発注できるようにシステムを作り替えたらどうでしょう、って提案したことがあったの。

そしたら、今までそれを使っていた人たちには慣れないからと不評で、しかも工程半分になったんだから、仕事時間も半分になっただろうと出勤日を減らされたのよ〜。

入力作業は半分になっても、顧客確認とか在庫管理とかの手間は半分にならないでしょ!って腹たったな〜別に給料上がるわけでもボーナスでるわけでもなく。

馬鹿らしくなって、そこは辞めたわね。

でもね、どこにいっても「派遣さんだから」と距離を置かれて、仲間の頭数に入れてもらえないのが、悔しいっていうか悲しかった。

出張先のお土産、とか、ほとんどまわってこない。別に欲しいわけじゃないよ、でもね。

人間として見てもらえないんだよね。

このコロナ禍で派遣切りにあって、もう派遣は辞めようって思ったの。

したいことをする職業を選ぼう、って思って。

私、こどもが好きなのよね。ううん、保育士じゃなくて学童施設に関わりたいの。

私、3人こども育てて、今、一番下が大学一年生、子育てはもう終わったけど、こどもが小中学生のときが一番楽しかったなって思うのよね。

最近は不登校のこどもが多いけど、何だか自分の怠慢のせいに感じちゃうのよ。

こんなふうに企業に良いように使われて、楽しいことない人生、みたいなの見たら、こどもたちだって希望持てないよな〜って思っちゃったのよ。

これからは楽しく生きたいし、そうすることができる世の中にしていきたいのよね。

それで今、勉強してて資格とろうと思ってるの。

派遣で働いていたときより、ずっとワクワクしてるの。

毎日は不安定だけどね。」

 

我慢していることが美徳、のようにずっと思ってきた。

でも、しなくていいんだ。

自由に生きよう、それが大事だと最近すごく感じる。

自分が自由になったなら、周りも自由になれるから。

 

専業主婦ってなんですかね。

今は若い子の憧れらしいけど。

働くってなんでしょう。

稼ぐ、とは別のニュアンス感じ取れるけど。

 

Sさんは、別れ際に言った。

「シンシアさんはあの講演会で「専業主婦って馬鹿にされて悔しくないのか」って盛んにたきつけて応募をあおってたけど、ずれてたよね。

もうさ、りきむ程の体力ないのよね〜

あの会場にいた人たち、ほとんど40代から50代でしょ。無理できないんだから〜もう今更。

私たち、流されてゆくだけよ。でもその流れの先は読んでいきたいよね。

こんなはずじゃなかった〜って後悔だけはもうしたくないものね。

それが、私の派遣時代に学んだことね」

 

私も流されていく。

でも、流れの先は見失わないよう、対岸の景色は見過ごさないようにしてゆくつもり。