あれは目なのよ、と母が言う。
いつも見てるの、見張ってる。
言いながら、虫を追い払うかのように手を二、三度振った。
母の視線の先にあったのは天井のシミだった。
シミの見えない場所へ、ベッドを移動させたり枕の位置を変えてみたりしたが、母はまた別のシミを指して、見ていると訴える。
あれはシミだよ、お母さん。
安心させようとして言うのだが、一度思い込んだら、母は怖がって聞かなかった。
「あの目、どこかにやって」
見てるのは誰なの?と聞いてみた。
分からない、と母はぼんやり空を見ている。
一緒に天井を見上げてみると、白い合板張りのパネルには小さな黒いドットのパターンがプリントされていた。無数の黒い点は虫のようにも見えた。
脚立を持ってきて天井のシミをティッシュでこすると、シミはあっさり消えたが、白い地も取れてしまい、黒のプリント部分も塗料が剥がれ落ちた。
剥がれおちたプリントを下に落とさないよう爪で摘んでいると、天井と壁の境目に、親指の爪ほどの蜘蛛の巣があることに気づいた。
今まさに米粒ほどの小さな蜘蛛が、巣を後にして出ていこうとしている。
見ていたのはあんただったの。
蜘蛛は天井のドットプリントに紛れてすぐ見えなくなった。
そっと蜘蛛の巣もティッシュで払った。
シミを拭った部分だけ木目が浮き出て、プリントのあった場所には白い点が散らばり、星図のように見える。
お母さん、これは目じゃないよ。星よ星。
言い聞かせるように母にいう。
星?ああ星ね、星。
母は何度か繰り返した。
室内は日が沈んで薄暗く、目の悪い母には何も見えるはずはなかった。
お母さん明かりつけるね、とスイッチを入れると「あら満月」と母は笑った。