ふと、目が覚めて時計を見ると夜中の2時だった。
誰かに呼ばれたような気がして耳をすますが、冷蔵庫のモーター音しか聞こえない。
空耳だったかと深く考えずに、また目を閉じる。
何の苦労もなく、再び眠りに落ち、翌朝は何も覚えていなかった。
次の日も、はっと目が覚めて寝返りを打つ。
時計は、やっぱり2時だった。
全集中で耳をすますと、不思議な抑揚が聞こえるような気がする。
波のような、雨音のような、不思議なリズム感。
そして歌うような細く高い音が、ずっと根底に流れている。
私はこれを聞いたことがある。
音楽のような…何だろう。
その日は考えているうちに眠くなり、そのまま忘れてしまった。
思い出したのは、通勤の地下鉄だった。
連絡通路に珍しく、路上ミュージシャンが立っていた。
中年というより初老に近い年齢の男性が、スーツ姿で笛を演奏していた。
男性の前には小さな木箱が置いてあり、「雅楽」と書いた紙が貼ってある。
そうだ、御神楽だ。
夜中の不審な音楽は、御神楽に似ていた。
夏祭りで神社で演奏される音楽。神を讃える曲。
でも、なぜ自宅で夜中に御神楽が…?
何となくゾワっと来て、それ以上は考えないよう早足で帰宅を急いだ。
その日の夜中、一時過ぎ。
私は起きて待っていた。御神楽が鳴り始めるのを。
しかし、時計の秒針の音以外に聞こえるものはない。
やっぱり気のせいだったのかも、と考えていたそのとき。
ピィーーーーと笛の音が微かにした。
これ!!と色めきたって、音の発信源を探る。
御神楽が微音で鳴るタイマーとかあったっけ?
かすかに鳴る笛の音を、匂いでも追いかけるように探る。
寝室から廊下に出ると、暗い廊下に、わずかなドアの隙間から明かりが漏れていた。
そこは息子の部屋だった。
意を決してドアをノックする。怪しげな宗教儀式とかやってませんように。
ドアを開けると、息子はモニターに向かってゲームに集中していた。
モニターでは、見慣れたモンスターがハンティングされていた。
そして一応配慮なのか、超低音で流れる「御神楽」。
そうか!このBGMが御神楽の発信源だったのか。
なんだ〜一狩りしてた音楽だったのね〜
ちょっと!こんな夜中にやめてよーーー近所迷惑でしょ!
昼間やりなさいよーー!
と声をかけると、画面を見ながらワイヤレスイヤホンを耳につけ
「だって時差があるから…」と息子はいう。
外国のモンハン友達と一狩りしようと思ったら、この時間帯でないと全員揃わないのだそうで。
ああ、そうですか。
とりあえず夜中の御神楽は一件落着。
でも心臓に悪いから、イヤホンでゲームしてくれる?
こんな時間に、御神楽なんて
お迎え来たのかと考えちゃったじゃないか。
または、本格的にやばいのかなって
一瞬感じてしまった恐怖をまた思い出して、私は身震いした。